略歴T「する」スポーツと「見る」スポーツ|Uアマチュアの世界とプロの世界| V人間の限界への挑戦と科学W新しいスポーツ文化をつくり出すX魅力あるスポーツ空間をめざして


青字:ジャンボ・鶴田 黒字:早川武彦


Uアマチュアの世界とプロの世界   (前半)


■三年でオリンピックに出られた・・・・・・

鶴田  自分は、中学、高校、そして大学一年までバスケットボールの選手でした。これは単に身長が高かったからかもしれません。オリンピックのことでいいますと、中学二年のとき東京オリンピックがありまして、その開会式を見て大きな感動を受けました。そして、絶対にオリンピックに出てみたいと考えるに至りました。
     ですから自分の青春時代は、オリンピックに一度出てみたいという夢で貫かれていまして、中学、高校時代はいま言いましたように、バスケットボール選手ですから、とにかくバスケットボールで出たいと思っていました。大学一年で全日本チームに入りましたから、結構いい選手だったのでしょう。しかし、そのチームはアジア地区予選で負けてしまったんです。これでは、バスケットではオリンピックはムリだ・・・・・・何か違う競技で出なくては、と思ったのですが、柔道やバレーのように選手層の厚い競技では、間に合いそうもない。そこで、自分の特徴が出せるもの、力とか大きさが有利なものというのを探して、アマチュアレスリングに目をつけました。この転向がミュンヘンオリンピック(一九七二年)の三年前・・・・・・僕は三年間の訓練でミュンヘンオリンピックに出たのです。
     ですから、みなさんも努力をしたら三年でオリンピックに出られると思います(笑)。もっとも、結果は二回戦敗退でかんばしくありませんでしたが、自分としたら参加することに意義があるということで、三年で出られたので、一応満足しました。その四年後がモントリオールオリンピックですが、自分もこれを目指し、今度は金メダルをねらおうと考えていたのです。しかし、たまたま、父親が亡くなってしまい、暮らしのことを考えなくてはならなくなりました。

     ちょうどそのころ、プロレス界の方も老舗の日本プロレスが潰れ、新日本プロレス、全日本プロレス、国際プロレス等に分かれた時期でした。いろいろな団体から誘いがありましたけれど、僕はジャイアント馬場さんが大好きでしたので、馬場さんの属する全日本プロレスに入りました。入門第一号です。
     レスリング的な技としては、スープレックスでもバックドロップでも何でもできるのですが、殴るとか、蹴るとか、そういうことはオリンピックのレスリングにはないものですから、これを習得するのに結構時間がかかりました。また、アマチュアレスリングの場合は、相手の技をブロックして自分の得意技で勝てばいい。できるだけ早い時間に勝てばいいということなのですが、プロレスの場合は、相手の得意技、自分の得意技をだしたり受けたりしながら。それを出し切ったところで試合の優劣を決めなくてはなりません。何しろ観客がいないことには経営が成り立ちませんから、プロとしてはいろいろと見せる必要があるわけです。強ければそれでいい、というものではないのです。    

早川   後ほどその辺のことはまた語っていただくつもりですが、プロレスに入られて、練習のスタイルとか、勝敗観とかについて、大きな相違をアマスポーツとの間に感じられましたか。

■観客をまず心理的につかむ

鶴田   アマチュアレスリングの場合は小さく投げて早く投げる・・・・・・。何よりスピードと切れがあればいいので、とくに観客に見せることは考えなくていいのです。しかし、プロレスの場合は、大きく投げて、観客にその技のすごさを見せる、という要素が必要になってきます。受けるほうにしてもそうですね。だから、技的に見れば非常に大きな違いがあります。
      それと、空間的に見ますと、会場の待っている雰囲気とか、試合の経過が著しく違います。サイコロジーというか、観客が持っている心理をうまく使い、盛り上げていく・・・・・・。例えば、力道山時代でいいますと、力道山がいつ空手チョップを出すだろうか、ということですね。殿中松の廊下のスタイルのレスリングだ、というふうなことを言う人もいるのですが、それまでじっと耐えている。観客もじっと耐えています。ここぞというところで爆発させる。そういうふうな試合形式にもっていく、自分と観客をもっていくような要素、それがプロレスでは大事です。ただ試合に勝てばいい、良い技を出せばいいというのではなくて、いちばん大切なことは観客の心理を読むことだ、というふうに言われましたね。

早川   ちょっと話が戻りますが、プロレスリングに入られていくきっかけは、まず経済的自立を目指すということだったのですね。

鶴田   そうです。

早川   ということは、逆に言えば、いままでのレスリングでは生活していかれない・・・・・・。アマチュアの世界で食べていくという思いは全くなかったと言っていいわけですか。

鶴田   アマチュアレスリングで食べていくためには、日本の場合、金メダル、銀メダルでないと無理です。また、僕の場合は、中央大学でバスケットボールからレスリングへ変わるときに、レスリング部の入部許可が出ませんでした。バスケットの練習にもついていけないような奴が、レスリングの練習についていけるわけがないということです。僕も困りまして、自衛隊体育学校というところに二年間ぐらい通い、技術などを習得しました。
      また、自分の体力をバスケットボール型の体力からレスリング型に変えるためにはどういうことをしたらいいだろうか、というのでトレーニングの仕方を変えてみました。たまたま、自衛隊体育学校に入ってくる選手は大学を卒業した選手が多いのです。そこで大体、どういう生活をしているかがわかり、また金メダルを取らないと上に行けないとかいう事情なども知りました。そして、ある程度、これだったら自分の知らない世界に入っても開拓できるだろうと思いました。

      もうひとつは、八田一朗さんという、日本レスリング協会の会長さんが「プロが栄えればアマも栄える」という考えをお持ちでした。アマチュアレスリングそのものが、まだそれほどポピュラーではなかったですから、「鶴田、おまえがプロレスでチャンピオンになれば、アマチュア出身のプロレスラーということで、小さな子供や中学生などがアマチュアレスリングにも興味を持ってくれるのではないか。だから、、お前、プロレスに行って成功してくれないか」と、そう言われたことがきっかけです。

早川   そうですか。私は、八田一朗さんからまず「アマのレスリングをやれ」と言われたのではないかなと思っていたのですが。

鶴田   いえ、あの人ご自身、柔道家出身で、アメリカでレスリングに変わった人でしたから、ものすごく新しい物好きというか、柔軟な考えをお持ちでしたね。

早川   「根性の八田」といいますかね、根性のない選手をすぐ坊主にしてしまう・・・・・・東京オリンピックでは、大松さんと並んで日本を代表する根性論の先駆者というふうに私は受けとっていましたけれども、そういうふうに柔軟にプロと絡めてレスリングを考えていたのですね。

鶴田   八田会長は、たまたま、早大出身で全米の試合をしに行きまして、向こうのレスリングの選手と試合をしたらしいですね。それで、柔道だけではダメだと感じた、というのは、あまり良い成績ではなかったみたいです(笑)。レスリングを日本に紹介したきっかけは、それだというのですが・・・・・・。

早川   いまのお話で、やはり生活がかかるとアマチュアスポーツではダメなんだということが出たのですが、それはそういうシステムができていない、ということなんですね。せっかくスポーツでトップレベルにまで達した人たちが、その体験という貴重な財産をさらに多くの人に分け与えていくようなシステムが作られないと、結局、他の道、そのスポーツとは関係のない道を選んでしまう、ということですね。もったいないなぁ・・・・・・。

鶴田   野球とかバレーボールの選手が、テレビに出てタレントになってしまうのもそうでしょうね。その方が収入的によいからです。コーチになったとしてもそんなに収入は良よくないから・・・・・・

早川   こんなところにもひとつ、いままでのスポーツの枠組みの限界があって、これをもう少し柔らかくするなり、立て直すなり、枠組みを変えていくことがどうしても必要なようですね。

鶴田   テニスとかゴルフなどは、まだしもインストラクターで一般の人たちにコーチできます。しかし、レスリングとかバスケットとか、陸上とか、多くのスポーツではなかなかそうはいきません。教える立場というのがないのです。教えるとしてもたいへん対象が限られるでしょう。

早川   レスリングをプロレスというものを通して再度見直してほしいというような、そういう働きかけなり考え方なりというものは、例えば最近の例ですと、同じように金メダルになった小川直也がプロレスに入っていくのについても、同じようなことが言えますか。

鶴田   一概には言えませんけれども、柔道である程度成功した人にしても、その後の生活をどういうふうにするか、という設計になると非常に難しいのではないかと思います。小川選手は企業で選手活動をしていたのですが、現役を退いてコーチになると、現役選手としての特別金、選手手当みたいなものがもらえなくなって、一般社員の給料と一緒になったとすると、果たして満足できたでしょうか、ということです。
      もっとも、ではプロレスに入れば必ず暮らしが良くなるかというのは、もちろん一概に言えません。例えば、相撲から来た輪島さんとか、北尾などは入ったときは確かに話題になります。しかし一年経ち、二年経ちますと、元力士というだけでは話題性がなくなってきますよね。ですから、本人の努力や実力がない限り長い間トップスターではいられないのは当然です。

早川   自分の古巣であるスポーツの枠から抜け出して、新しいプロの世界に入っていった場合、いままでとは全く違うスポーツ観、考え方を身につけないといけないのですね。

鶴田   プロレスは、「この技が出たら、ここからは真剣勝負だよ」とか、「ここからはショー的な要素だよ」というふうなことがはっきりしているわけでもないのですが、やはり興行的な要素も入っていますし、純粋なスポーツとは言えないかも知れません。しかし、もしかすると、これからのスポーツは、すべてただ勝負だけではなくて、芸術性とか美とか、そういうものを追求するような、いわばスポーツオンリーではないようなファジーな、境界領域を行ったり来たりできるような関係のスポーツでないと、若者の共感を得るのが難しいのかもしれません。

■純粋なスポーツ、純粋でないスポーツ?

早川   「純粋なスポーツ」という、この純粋ということが、言葉は大変純粋で明確なように聞こえるのですが、もうひとつはっきりしませんね。単に非常に堅苦しいスポーツのことであったりする。これまでのスポーツを考えてみたときに、我々は確かに純粋さということを求めてやってきたのですが、その純粋さが社会相と比べ非常に堅苦しいものになってしまったことを考えますと、プロレスが純粋でないからスポーツではないといった定式的な決めつけ方にも、考えていかなくてはならないことがありそうに思うのです。

鶴田   純粋さを追求していきますと、柔道などでもそうだと思うのですが、極めて小さなところの判定によって勝負を決めることになり、見ているほうはつまらなくなるのですね。やはり見る人は、もっと大きく鮮やかな技を見たいとか、もっと興奮したいとか、そういう要求があるでしょう。
      プロレスの場合ですと、強さとともに観客を魅了するようなファイト、芸術性がある。ちょうどシンクロナイズド・スイミングで言えば、技術点プラス芸術点のような二つの評価がないと観客が同意してくれないのと同様です。そうなると、この二つが分かちがたく混然としているものは、純粋ではないのではないかなということになります。
      実は米国のプロレスはダメになってきたのです。なぜかというと、あまりにもエンターテイメント化し、選手もタレント化しすぎました。役どころにしても、ヒーローとデビルズがはっきりしすぎているのですね。また、ブルース・リーみたいに、演出された強さばかりを強調してみてみてもつまりません。やはり、本人自身が本格的格闘家で、本当に強い、そして、それプラス演出がついたのが本当のプロレスだと思ってほしいのです。


Uアマチュアの世界とプロの世界  (後半) へ